たというんです。」
五年|前《ぜん》、六月六日の夜《よ》であった。明直にいえば、それが、うぐい亭のお藻代が、白い手の幻影《まぼろし》になる首途《かどで》であった。
その夜、松の中を小提灯で送り出た、中京、名古屋の一客――畜生め色男――は、枝折戸口で別れるのに、恋々としてお藻代を強いて、東の新地――廓《くるわ》の待合、明保野《あけぼの》という、すなわちお町の家《うち》まで送って来させた。お藻代は、はじめから、お町の内に馴染《なじみ》ではあったが、それが更《あらた》めて深い因縁になったのである。
「あの提灯が寂しいんですわ……考えてみますと……雑で、白張《しらはり》のようなんですもの。」――
「うぐい。」――と一面――「亭」が、まわしがきの裏にある。ところが、振向け方で、「うぐい」だけ黒く浮いて出ると、お経ではない、あの何とか、梵字《ぼんじ》とかのようで、卵塔場の新墓に灯《とも》れていそうに見えるから、だと解く。――この、お町の形象学は、どうも三世相《さんぜそう》の鼇頭《ごうとう》にありそうで、承服しにくい。
それを、しかも松の枝に引掛《ひっか》けて、――名古屋の客が待っていた。
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