のは伝統的につきものの――樹の下を通って見たかった。車麩《くるまぶ》の鼠に怯《おび》えた様子では、同行を否定されそうな形勢だった処から、「お町さん、念仏を唱えるばかり吃驚《びっくり》した、厠《かわや》の戸の白い手も、先へ入っていた女が、人影に急いで扉《と》を閉めただけの事で、何でもないのだ。」と、おくれ馳《ば》せながら、正体見たり枯尾花流に――続いて説明に及ぶと、澄んで沈んだ真顔になって、鹿落の旅館の、その三つ並んだ真中《まんなか》の厠は、取壊して今はない筈《はず》だ、と言って、先手に、もう知っている。……
はてな、そういえば、朝また、ようをたした時は、ここへ白い手が、と思う真中のは、壁が抜けて、不状《ぶざま》に壊れて、向うが薮畳《やぶだた》みになっていたのを思出す。……何、昨夜《ゆうべ》は暗がりで見損《みそこな》ったにして、一向気にも留めなかったのに。……
ふと、おじさんの方が少し寒気立って、
「――そういえば真中《まんなか》のはなかったよ、……朝になると。……じゃあ何か仔細《わけ》があるのかい。」
「おじさん――それじゃ、おじさんは、幽霊を、見たんですね。」
「幽霊を。」
「も
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