ともに歪《ゆが》んだと思うと、はらりと薫って、胸に冷《ひや》り、円髷《まるまげ》の手巾《ハンケチ》の落ちかかる、一重《ひとえ》だけは隔てたが、お町の両の手が、咄嗟《とっさ》に外套の袖をしごくばかりに引掴《ひきつか》んで、肩と袖で取縋《とりすが》った。片褄の襦袢が散って、山茶花《さざんか》のようにこぼれた。
 この身動《みじろ》ぎに、七輪の慈姑《くわい》が転げて、コンと向うへ飛んだ。一個《ひとつ》は、こげ目が紫立って、蛙の人魂《ひとだま》のように暗い土間に尾さえ曳《ひ》く。
 しばらくすると、息つぎの麦酒《ビイル》に、色を直して、お町が蛙の人魂の方を自分で食べ、至極尋常なのは、皮を剥《は》がして、おじさんに振舞ったくらいであるから。――次の話が、私はじめ、読者諸君も安心して聞くことを得るのである。

 一体、外套氏が、この際、いまの鹿落の白い手を言出したのは、決して怪談がかりに娘を怯《おど》かすつもりのものではなかった。近間ではあるし、ここを出たら、それこそ、ちちろ鳴く虫が糸を繰る音《ね》に紛れる、その椎樹《しいのき》――(釣瓶《つるべ》おろし)(小豆《あずき》とぎ)などいう怪《ばけ》も
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