の黒雲の舞下ったようなのが、年数を知らない椎の古木の梢《こずえ》である。大昔から、その根に椎の樹|婆叉《ばばしゃ》というのが居て、事々に異霊|妖変《ようへん》を顕《あら》わす。徒然な時はいつも糸車を廻わしているのだそうである。もともと私どもの、この旅客は、その小学校友だちの邸あとを訪《と》うために来た。……その時分には遊びに往来《ゆきき》もしたろうものを、あの、椎の樹婆叉を知らないのかと、お町が更に怪しんで言うのであった。が、八ツや十ウのものを、わざと親たちは威《おど》しもしまい。……近所に古狢《ふるむじな》の居る事を、友だちは矜《ほこ》りはしなかったに違いない。
――町の湯の名もそれから起った。――そうか、椎の木の大狢、経立《ふッた》ち狢、化婆々《ばけばばあ》。
「あれえ。」
「…………」
「可厭《いや》、おじさんは。」
「あやまった、あやまった。」
鉄砲で狙《ねら》われた川蝉《かわせみ》のように、日のさす小雨を、綺麗な裾で蓮の根へ飛んで遁《に》げた。お町の後から、外套氏は苦笑いをしながら、その蓮根問屋の土間へ追い続いて、
「決して威《おど》す気で言ったんじゃあない。――はじめは
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