蛇かと思って、ぞっとしたっけ。」
 椎の樹婆叉の話を聞くうちに、ふと見ると、天井の車麩に搦《から》んで、ちょろちょろと首と尾が顕《あら》われた。その上下《うえした》に巻いて廻るのを、蛇が伝う、と見るとともに、車麩がくるくると動くようで、因果車が畝《うね》って通る。……で悚気《ぞっ》としたが、熟《じっ》と視《み》ると、鼠か、溝鼠《どぶねずみ》か、降る雨に、あくどく濡れて這《は》っている。……時も時だし、や、小さな狢が天井へ、とうっかり饒舌《しゃべ》って、きれいな鳥を蓮池へ飛ばしたのであった。
「そんな事に驚く奴があるものか。」
「だって、……でも、もう大丈夫だわ、ここへ来れば人間の狸《たぬき》が居るから。」
 と、大きに蓮葉《はすは》で、
「権《ごん》ちゃん――居るの。」
 獣ならば目が二つ光るだろう。あれでも人が居るかと思う。透かして見れば帳場があって、その奥から、大土間の内側を丸太で劃《しき》った――(朝市がそこで立つ)――その劃《しきり》の外側を廻って、右の権ちゃん……めくら縞《じま》の筒袖《つつッぽ》を懐手《ふところで》で突張《つっぱ》って、狸より膃肭臍《おっとせい》に似て、ニタ
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