無い。そうでは無いげじゃ。どの玩弄物《おもちゃ》欲しい、と私《わし》が問うたでの、前《さき》へ悦喜の雀躍《こおどり》じゃ、……這奴等《しゃつら》、騒ぐまい、まだ早い。殿たち名告《なの》らずば、やがて、選《え》ろう、選取《よりど》りに私が選《よ》って奪《と》ろう!)
(勝手にして、早く退座をなさい、余りといえば怪《け》しからん。無礼だ、引取れ。)
と子爵が喝した、叱ったんだ。
(催促をせずと可《よ》うござる。)
と澄まし返って、いかにも年寄くさく口の裡《うち》で言った、と思うと、
(やあ、)
と不意に調子を上げた。ものを呼びつけたようだっけ。幽《かすか》に一つ、カアと聞えて、またたく間に、水道尻から三ツのその灯《あかり》の上へかけて、棟近い処で、二三羽、四五羽、烏が啼《な》いた、可厭《いや》な声だ。
(カアカアカア――)
と婆々《ばばあ》が遣《や》ったが、嘴《くちばし》も尖《とが》ったか、と思う、その黒い唇から、正真《しょうじん》の烏の声を出して、
(カアカア来しゃれえ! 火の車で。)
と喚《わめ》く、トタンに、吉原八町、寂《しん》として、廓《くるわ》の、地《じ》の、真中《まん
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