《さっ》と吹いた。
(また……我を、と名告《なの》らっしゃれ……殿、殿ならば殿を奪《と》ろう。)
(勝手にしろ、馬鹿な。)
と唾吐くように、忌々《いまいま》しそうに打棄《うっちゃ》って、子爵は、くるりと戸外《おもて》を向いた。
(随意《まま》にしょうでは気迷うぞいの、はて?……)
とその面はつけたりで、畳込んだ腹の底で声が出る。
(さて……どれもどれも好ましい。やあ、天井、屋の棟にのさばる和郎等《わろら》! どれが望みじゃ。やいの、)
と心持仰向くと、不意に何と……がらがら、どど、がッと鼠か鼬《いたち》だろう、蛇も交《まじ》るか、凄《すさま》じく次の室《ま》を駆けて荒廻ると、ばらばらばらばらと合せ目を透いて埃《ほこり》が落ちる。
(うむ、や、和郎等《わろども》。埃を浴びせた、その埃のかかったものが欲《ほし》いと言うかの――望みかいの。)
ばたばた、はらはらと、さあ、情《なさけ》ない、口惜《くやし》いが、袖や袂《たもと》を払《はた》いた音。
(やれ羽《は》打つ、へへへ、小鳥のように羽掻《はがい》を煽《あお》つ、雑魚《ざこ》のように刎《は》ねる、へへ。……さて、騒ぐまい、今がはそで
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