《むご》い事を知らぬものは、何と殿、殿たちにも結構に、重宝にあろうが、やいの、のう、殿。)
(何とでも言え、対手《あいて》にもならん。それでも何か、そういうものは人間か。)
 と吐出すように子爵が言った。」

       二十五

「ト其奴《そいつ》が薄笑いをしたようで、
(何じゃ、や、人間らしく無いと言うか。誰が人間になろうと云うた。殿たち、人間がさほど豪《えら》いか、へ、へ、へ、)
 とさげすんで、
(この世のなかはの、人間ばかりのもので無い。私等《わしら》が国はの、――殿、殿たちが、目の及ばぬ処、耳に聞えぬ処、心の通わぬ処、――広大な国じゃぞの。
 殿たちの空を飛ぶ鳥は、私等《わしら》が足の下を這廻《はいまわ》る、水底《みなそこ》の魚《うお》が天翔《あまか》ける。……烏帽子《えぼし》を被《かぶ》った鼠、素袍《すおう》を着た猿、帳面つける狐も居る、竈《かまど》を炊く犬も居《お》る、鼬《いたち》が米《こめ》舂《つ》く、蚯蚓《みみず》が歌う、蛇が踊る、……や、面白い世界じゃというて、殿たちがものとは較べられぬ。
 何――不自由とは思わねども、ただのう、殿たち、人間が無いに因って、時々
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