と云う。……描ける花和尚《かおしょう》さながらの大入道、この人ばかりは太ッ腹の、あぶらぼてりで、宵からの大肌脱《おおはだぬぎ》。絶えずはたはたと鳴らす団扇《うちわ》[#「団扇」は底本では「団扉」]づかい、ぐいと、抱えて抜かないばかり、柱に、えいとこさで凭懸《よりかか》る、と畳半畳だぶだぶと腰の周囲《まわり》に隠れる形体《ぎょうてい》。けれども有名な琴の師匠で、芸は嬉しい。紺地の素袍《すおう》に、烏帽子《えぼし》を着けて、十三|絃《げん》に端然《ちゃん》と直ると、松の姿に霞《かすみ》が懸《かか》って、琴爪《ことづめ》の千鳥が啼《な》く。
「天井を御覧なさい、変なものが通ります。」
「厭《いや》ですね。」と優しい声。
 当夜、二人ばかり婦人も見えた。
 これは、百物語をしたのである。――
 会をここで開いたのは、わざと引手茶屋を選んだ次第では無かった。
「ちっと変った処で、好事《ものずき》に過ぎると云う方もございましょう。何しろ片寄り過ぎますんで。しかし実は席を極《き》めるのに困りました。
 何しろこの百物語……怪談の会に限って、半夜は中途で不可《いけ》ません。夜が更けるに従って……という
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