居るのは誰だ。)
 と向うの縁側の処から、子爵が声を懸けた。……私たちは、フト千騎の味方を得たように思う。
 ト此方《こなた》で澄まして、
(誰でも無いがの。)
(いや、誰でも構わん。が、洒落《しゃれ》も串戯《じょうだん》も可加減《いいかげん》にした方が可《い》いと思う。こう言うと大人気ないが、婦人も居てだ。土地っ児《こ》の娘も聞いてる……一座をすれば我々の連中だ。悪戯《いたずら》も可《い》いが、余り言う事が残酷過ぎる。……外の事じゃない。
 弟を愛して、――それが出来得る事でも出来ない事でも、その身代りに死ぬと云って覚悟をしている大病人。現に、夜伽《よとぎ》をして、あの通り、灯《あかり》がそこに見えるじゃないか。
 それこそ、何にも知らぬ事だ。ちっとも差支えは無いようなものの、あわれなその婦《おんな》を、直ぐ向うに苦しませておいて、呑気《のんき》そうに、夜通しのこの会さえ、何だか心ないような気がして、私なんぞは鬱《ふさ》いでいるんだ。
 仕様もあろうのに、その病人を材料《たね》にして、約束の生命《いのち》を「とりあげ」に来たが、一目弟を見たがるから猶予をした、胸に爪を立てて苦しませた
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