に、な、殿、「とりあげ」に来たぞ、やいの。)
(嬰児《あかんぼ》を産ませるのか。)
(今、無い、ちょうど間に合うて「とりあげ」る小児《こども》は無い。)
(そんな、誂《あつら》えた[#「誂えた」は底本では「誹えた」]ようなお産があるものか、お前さん、頼まれて来たんじゃ無いのかね。)
(さればのう、頼まれても来たれど、な、催促にももう来たがいの。来たれどもの、仔細《しさい》あってまだ「とりあげ」られぬ。)
(むむ、まだ産れないのか。)
(何がいの、まだ、死にさらさぬ。)
(死……死なぬとは?)
(京への、京へ、遠くへ行ている、弟|和郎《わろ》に、一目《ひとめ》未練が残るげな。)
 幹事はハタと口をつぐんだ。
(そこでじゃがや、姉《あね》めが乳の下の鳩落《みずおち》な、蝮指《まむしゆび》の蒼《あお》い爪で、ぎりぎりと錐《きり》を揉《も》んで、白い手足をもがもがと、黒髪を煽《あお》って悶《もだ》えるのを見て、鳥ならば活《い》きながら、羽毛《けば》を※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》った処よの。さて、それだけで帰りがけじゃい、の、殿、その帰るさに、これへ寄った。)
(そこに
前へ 次へ
全97ページ中79ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング