《あ》いていますね。)
 と言うんだ。……階下《した》から二階へ帰掛けに、何の茶番が! で、私がぴったり閉めた筈《はず》。その時は勿論、婆々も爺々も見えなかった、――その物干の窓が、今の間に、すかり、とこう、切放したように、黒雲立って開《あ》いている。
 お種さんが、
(憚《はばか》り様、どうかそこをお閉め下さいまし。)
 こう言って声を懸けた。――誰か次の室《ま》の、その窓際に坐っているのが見えたんだろう。
 お聞き……そうすると……壁腰、――幹事の沢岡が気にして摺退《すりの》いたという、敷居外の柱の根の処で、
(な、)
 と云う声だ! 私は氷を浴びたように悚然《ぞっ》とした。
(閉《しめ》い言うて、云わしゃれても、な、埒《らち》明《あ》かん。閉めれば、その跡から開けるで、やいの。)
 聞くと、筋も身を引釣《ひッつ》った、私は。日暮に谷中の坂で聞いた、と同じじゃないか。もっとも、年寄りは誰某《だれそれ》と人を極《き》めないと、どの声も似てはいるが。
 それに、言い方が、いかにも邪慳《じゃけん》に、意地悪く聞えたせいか、幹事が、対手《あいて》は知らず、ちょっと詰《なじ》るように、
(誰
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