時間が時間だから、ぐったり疲切って、向うの縁側へ摺出《ずりだ》して、欄干《てすり》に臂《ひじ》を懸けて、夜風に当っているのなどは、まだ確《たしか》な分で。突臥《つっぷ》したんだの、俯向《うつむ》いたんだの、壁で頭を冷してるのもあれば、煙管《きせる》で額へ突支棒《つっかいぼう》をして、畳へ※[#「足へん+倍のつくり」、第3水準1−92−37]《の》めったようなのもある。……夜汽車が更けて美濃《みの》と近江《おうみ》の国境《くにざかい》、寝覚《ねざめ》の里とでもいう処を、ぐらぐら揺《ゆす》って行《ゆ》くようで、例の、大きな腹だの、痩《や》せた肩だの、帯だの、胸だの、ばらばらになったのが遠灯《とおあかり》で、むらむらと一面に浮いて漾《ただよ》う。
(佐川さん、)
 と囁《ささや》くように、……幹事だけに、まだしっかりしていた沢岡でね。やっぱり私の隣りに坐ったのが、
(妙なものをお目に懸けます。)
(え、)
 それ、婆々か、と思うとそうじゃ無い。
(縁側の真中《まんなか》の――あの柱に、凭懸《よりかか》ったのは太田(西洋画家)さんですがね、横顔を御覧なさい、頬がげっそりして面長《おもなが》で、
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