蚊帳《かや》の前を伝わった形が、昼間の闇《くら》がり坂のに肖《に》ていて堪《たま》らない処だもの、……烏は啼《な》く……とすぐにあの、寮の門《かど》で騒いだろう。
 気にしたら、どうして、突然《いきなり》ポンプでも打撒《ぶちま》けたいくらいな処だ。
(いつから?……)
(つい今しがたから。)
(全体|前《ぜん》にから、あの物干の窓が気になってしようがなかったんですよ。……時々、電車のですかね、電《いなびかり》ですか、薄い蒼《あお》いのが、真暗《まっくら》な空へ、ぼっと映《さ》しますとね、黄色くなって、大きな森が出て、そして、五重の塔の突尖《とっさき》が見えるんですよ……上野でしょうか、天竺《てんじく》でしょうか、何にしても余程遠くで、方角が分りませんほど、私たちが見て凄《すご》かったんです。
 その窓に居るんですもの。)
(もっとお言いなさいよ。)
(何です。)
(可厭《いや》だ、私は、)
(もっととは?)
(貴女《あなた》おっしゃいよ、)
 と譲合った。トお種さんが、障《となり》のお三輪にも秘《かく》したそうに、
(頭にね、何ですか、手拭《てぬぐい》のようなものを、扁《ひらっ》たく畳
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