人の前へ行って、中腰に、敷島を一本。さあ、こうなると、多勢の中から抜出《ぬけだ》したので、常よりは気が置けない。
(頭痛でもなさるんですか、お心持が悪かったら、蔭へ枕を出させましょうか。)
(いいえ、別に……)
(御無理をなすっちゃ不可《いけ》ません。何だかお顔の色が悪い。)
(そうですかね。)とお蘭さんが、片頬《かたほ》を殺《そ》ぐように手を当てる。
(ねえ、貴方《あなた》、お話しましょう。)
(でも……)
(ですがね、)
とちらちらと目くばせが閃《ひら》めく、――言おうか、言うまいかッて素振《そぶり》だろう。
聞かずにはおかれない。
(何です、何です、)
と肩を真中《まんなか》へ挟むようにして、私が寄る、と何か内証《ないしょ》の事とでも思ったろう、ぼけていても、そこは育ちだ。お組が、あの娘《こ》に目で知らせて、二人とも半分閉めた障子の蔭へ。ト長火鉢のさしの向いに、結綿《ゆいわた》と円髷《まげ》が、ぽっと映って、火箸が、よろよろとして、鉄瓶がぽっかり大きい。
お種さんが小さな声で、
(今、二階からいらっしゃりがけに、物干の処で、)
とすこし身を窘《すく》めて、一層低く、
(
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