さあ、お三輪の顔を見ると、嬉しそうに双方を見較べて、吻《ほっ》と一呼吸《ひといき》を吐《つ》いた様子。
(才ちゃんは、)
とお三輪が、調子高に、直ぐに聞くと、前《さき》へ二つばかりゆっくりと、頷《うなず》き頷き、
(姉さんは、ちょいと照吉さんの様子を見に……あの、三輪ちゃん。)
と戸棚へ目を遣《や》って、手で円いものをちらりと拵《こしら》えたのは、菓子鉢へ何か? の暗号《あいず》。」
ああ、病気に、あわれ、耳も、声も、江戸の張《はり》さえ抜けた状《さま》は、糊《のり》を売るよりいじらしい。
「お三輪が、笑止そうに、
(はばかりへおいでなすったのよ。)
お組は黙って頭《かぶり》を振るのさ。いいえ、と言うんだ。そうすると、成程二人は、最初《はじめッ》からそこへ坐り込んだものらしい。
(こちらへいらっしゃいな。)とその一人が、お三輪を見て可懐《なつか》しそうに声を懸ける。
(佐川さん、)
と太《ひど》く疲れたらしく、弱々とその一人が、もっとも夜更しのせいもあろう、髪もぱらつく、顔色も沈んでいる。
(どうしたんです。)と、ちょうど可《い》い、その煙草盆を一つ引攫《ひっさら》って、二
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