た。
 が、電燈《でんき》を消すと、たちまち鼠色の濃い雲が、ばっと落ちて、廂《ひさし》から欄干《てすり》を掛けて、引包《ひッつつ》んだようになった。
 夜も更けたり、座の趣は変ったのである。
 かねて、こうした時の心を得て、壁際に一台、幾年にも、ついぞ使った事はあるまい、艶《つや》の無い、くすぶった燭台《しょくだい》の用意はしてあったが、わざと消したくらいで、蝋燭《ろうそく》にも及ぶまい、と形《かた》だけも持出さず――所帯構わぬのが、衣紋竹《えもんだけ》の替りにして、夏羽織をふわりと掛けておいた人がある――そのままになっている。
 灯《あかり》無しで、どす暗い壁に附着《くッつ》いた件《くだん》の形は、蝦蟆《がま》の口から吹出す靄《もや》が、むらむらとそこで蹲踞《うずくま》ったようで、居合わす人数の姿より、羽織の方が人らしい。そして、……どこを漏れて来る燈《ともしび》の加減やら、絽《ろ》の縞《しま》の袂《たもと》を透いて、蛍を一包《ひとつつみ》にしたほどの、薄ら蒼《あお》い、ぶよぶよとした取留《とりとめ》の無い影が透く。

       三

 大方はそれが、張出し幕の縫目を漏れて茫《ぼ
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