よ。
 お三輪は、何も照吉のが烏だとも何とも、自分で言ったのじゃ無いから、別にそこまでは気を廻さなかったと見えて、暗号《あいず》に袖を引張らなかった。もうね、可愛いんだ、――ああ、可恐《こわ》い、と思うと、極《きま》ったように、私の袂《たもと》を引張《ひっぱっ》たっけ、しっかりと持って――左の、ここん処に坐《すわ》っていて、」
 と猫板の下になる、膝のあたりを熟《じっ》と視《み》た。……
「煙管《きせる》?」
「ああ、」
「上げましょう。……」
 と、トンと払《はた》いて、
「あい。……どうしたんです、それから、可厭《いや》ね、何だか私は、」と袖を合わせる。
「するとだ……まだその踏切を越えて腕車《くるま》を捜したッてまでにも行《ゆ》かず……其奴《そいつ》の風采《ふうつき》なんぞ悉《くわ》しく乗出して聞くのがあるから、私は薄暗がりの中だ。判然とはしないけれど、朧気《おぼろげ》に、まあ、見ただけをね、喋舌《しゃべ》ってる中《うち》に、その……何だ。
 向う角の女郎屋《じょろや》の三階の隅に、真暗《まっくら》な空へ、切って嵌《は》めて、裾《すそ》をぼかしたように部屋へ蚊帳《かや》を釣って、
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