が遅れたから、茶屋の角で直ぐに腕車《くるま》をそう言ってね。
 乗ってさ。出る、ともう、そこらで梟《ふくろう》の声がする。寂寥《しん》とした森の下を、墓所に附いて、薄暮合いに蹴込《けこみ》が真赤《まっか》で、晃々《きらきら》輪が高く廻った、と思うと、早や坂だ。――切立《きった》てたような、あの闇がり坂、知ってたっけか。」
「根岸から天王寺へ抜ける、細い狭い、蔽被《おっかぶ》さった処でしょう。――近所でも芋坂の方だと、ちょいちょい通って知ってますけれど、あすこは、そうね、たった一度。可厭《いや》な処だわね、そこでどうかなすったんですか。」
「そうさ、よく路傍《みちばた》の草の中に、揃えて駒下駄《こまげた》が脱いであったり、上の雑樹の枝に蝙蝠傘《こうもり》がぶら下っていたり、鉄道で死ぬものは、大概あの坂から摺込《ずりこ》むってね。手巾《ハンケチ》が一枚落ちていても悚然《ぞっ》とする、と皆《みんな》が言う処だよ。
 昼でも暗いのだから、暮合《くれあい》も同《おんな》じさ。別に夜中では無し、私は何にも思わなかったんだが、極《きま》って腕車《くるま》から下りる処さ、坂の上で。あの急勾配だから。

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