場所が谷中だと言うんだろう、……私の出会ったのもやっぱりそこさ。――闇《くら》がり坂《ざか》を通った時だよ。」
「はあ、」と言って、梅次は、団扇《うちわ》を下に、胸をすっと手を支《つ》いた。が、黒繻子《くろじゅす》[#ルビの「くろじゅす」は底本では「くろじゅず」]の引掛《ひっか》け結びの帯のさがりを斜《ななめ》に辷《すべ》る、指の白さも、団扇の色の水浅葱《みずあさぎ》も、酒気《さけけ》の無い、寂しい茶の間に涼し過ぎた。
 民弥は寛《くつろ》ぎもしないで、端然《ちゃん》としながら、
「昨日《きのう》は、お葬式《とむらい》が後《おく》れてね、すっかり焼香の済んだのが、六時ちっと廻った時分。後で挨拶をしたり、……茶屋へ引揚げて施主たちに分れると、もう七時じゃないか。
 会は夜あかしなんだけれど、ゆっくり話そうって、幹事からの通知は七時遅からず。私にも何かの都合で、一足早く。承知した、と約束がしてある。……
 久しぶりのお天気だし、涼《すずし》いし、紋着《もんつき》で散歩もおかしなものだけれども、ちょうど可《い》い。廓《なか》まで歩行《ある》いて、と家《うち》を出る時には思ったんだが、時間
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