「ええ、もうちっとだわ。――あの……それでお医者様が手放したもんですから、照吉さんが一七日《いちしちにち》塩断《しおだち》して……最初《はじめッ》からですもの、断つものも外に無いの。そして願掛けをしたんですって。どこかねえ、谷中《やなか》の方です。遠くまで、朝ねえ、まだ夜の明けない内に通ったのよ。そのお庇《かげ》で……きっとそのお庇だわ。今日にも明日にも、といった弟さんが、すっかり治ってね。夏のはじめに、でもまだ綿入を着たなりで、京都へ立って行ったんです。
 塩断をしたりなんかして、夜も寝なかった看病疲れが出たんだって、皆《みんな》そう言ったの。すぐ後で、姉さんが病みついたんでしょう。そして、その今のような大病になったんでしょう。
 ですがね、つい二三日前、照吉さんが、誰にも言わない事だけれどって、そう云って、内の才ちゃんに話したんですって。――あの、そのね、谷中へ願掛けをした、満願、七日《なぬか》目よ、……一七日《いちしちにち》なんですもの。いつもお参りをして帰りがけに、しらしらと夜の明ける時間なのが、その朝は、まだ真暗《まっくら》だったんですとさ。御堂を拝んで帰ろうとすると、上の見
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