枠の剥《は》げたのが、朱塗《しゅぬり》であろう……と思われるほど定かに分る。……そこが仄明《ほのあかる》いだけ、大空の雲の黒さが、此方《こなた》に絞った幕の上を、底知れぬ暗夜《やみ》にする。……が、廓《くるわ》が寂れて、遠く衣紋坂《えもんざか》あたりを一つ行《ゆ》く俥《くるま》の音の、それも次第に近くはならず、途中の電信の柱があると、母衣《ほろ》が凧《いかのぼり》。引掛《ひっかか》りそうに便《たより》なく響《ひびき》が切れて行《ゆ》く光景《ありさま》なれば、のべの蝴蝶《ちょうちょう》が飛びそうな媚《なまめ》かしさは無く、荒廃したる不夜城の壁の崩れから、菜畠になった部屋が露出《むきだ》しで、怪しげな朧月《おぼろづき》めく。その行燈の枕許《まくらもと》に、有ろう? 朱羅宇《しゅらお》の長煙管《ながぎせる》が、蛇になって動きそうに、蓬々《おどろおどろ》と、曠野《あれの》に※[#「彳+淌のつくり」、第3水準1−84−33]※[#「彳+羊」、第3水準1−84−32]《さまよ》う夜の気勢《けはい》。地蔵堂に釣った紙帳より、かえって侘《わび》しき草の閨《ねや》かな。
風の死んだ、寂《しん》とした夜
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