の贈った後幕《うしろまく》が、染返しの掻巻《かいまき》にもならないで、長持の底に残ったのを、間に合わせに用いたのである。
 端唄《はうた》の題に出されたのも、十年近く以前であるから。見たばかりで、野路《のじ》の樹とも垣根の枝とも、誰も気の着いたものはなかったが、初め座の定まった処へ、お才という内の姉御が、お茶|聞《きこ》しめせ、と持って出て、梅干も候ぞ。
「いかがですか、甘露梅《かんろばい》。」
 と、今めかしく註を入れたは、年紀《とし》の少《わか》い、学生も交《まじ》ったためで。
「お珍らしくもありませんが、もう古いんですよ、私のように。」
 と笑いながら、
「民さん、」
 と、当夜の幹事の附添いで居た、佐川|民弥《たみや》という、ある雑誌の記者を、ちょいと見て、
「あの妓《こ》なんか、手伝ったのがまだそのままなんです。召あがれ。」と済まして言う。
 様子を知った二三人が、ふとこれで気が着いた。そして、言合わせたように民弥を見た。
 もっとも、そうした年紀《とし》ではなし、今頃はもう左衛門で、女房の実の名も忘れているほどであるから、民弥は何の気も無さそうに、
「いや、御馳走《ごちそう
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