、仲の町が夜の舞台で、楽屋の中入《なかいり》といった様子で、下戸《げこ》までもつい一口|飲《や》る。
八畳一杯|赫《かッ》と陽気で、ちょうどその時分に、中びけの鉄棒《かなぼう》が、近くから遠くへ、次第に幽《かす》かになって廻ったが、その音の身に染みたは、浦里時代の事であろう。誰の胸へも響かぬ。……もっとも話好きな人ばかりが集ったから、その方へ気が入って、酔ったものは一人も無い。が、どうして勢《いきおい》がこんなであるから、立続けに死霊《しりょう》、怨霊《おんりょう》、生霊《いきりょう》まで、まざまざと顕《あらわ》れても、凄《すご》い可恐《こわ》いはまだな事――汐時《しおどき》に颯《さっ》と支度を引いて、煙草盆《たばこぼん》の巻莨《まきたばこ》の吸殻が一度|綺麗《きれい》に片附く時、蚊遣香《かやりこう》もばったり消えて、畳の目も初夜過ぎの陰気に白く光るのさえ、――寂しいとも思われぬ。
(あら可厭だ)……のそれでは無い。百万遍の数取りのように、一同ぐるりと輪になって、じりじりと膝を寄せると、千倉ヶ沖の海坊主、花和尚の大きな影が幕をはびこるのを張合いにして、がんばり入道、ずばい坊、鬼火、怪
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