)
(どうもこうもなくってよ……)とお三輪は情《なさけ》ない声を出す。
(不可《いけ》ませんでしたかねえ。私はやっぱり会にいらしった方か、と思って。)
……成程な、」
と民弥は言い掛けて苦笑した。
「会へいらしったには相違は無い。
(今時分来る人があって、お組さん。もう二時半だわ。)
(ですがね、この土地ですし……ちょいと、御散歩にでもお出掛けなすったのが、帰って見えたかとも思いましたしさ……お怪《ばけ》の話をする、老人《としより》は居ないかッて、誰方《どなた》かお才はんに話しをしておいでだったし、どこか呼ばれて来たのかとも、後でね、考えた事ですよ。いえね、そんな汚い服装《なり》じゃありません。茶がかった鼠色の、何ですか無地もので、皺《しわ》のないのを着てでした。
けれども、顔で覗いてその土間へお入んさすった時は、背後《うしろ》向きでね、草履でしょう、穿物《はきもの》を脱いだのを、突然《いきなり》懐中《ふところ》へお入れなさるから、もし、ッて留めたんですが、聞かぬ振《ふり》で、そして何です、そのまんま後びっしゃりに、ずるッかずるッかそこを通って、)
と言われた時は、揃って畳の膝を摺《ず》らした。
(この階子段《はしごだん》の下から、向直ってのっそりのっそり、何だか不躾《ぶしつけ》らしい、きっと田舎のお婆さんだろうと思いました。いけ強情な、意地の悪い、高慢なねえ、その癖しょなしょなして、どうでしょう、可恐《おそろし》い裾長《すそなが》で、……地《じ》へ引摺るんでございましょうよ。
裾端折《すそはしょり》を、ぐるりと揚げて、ちょいと帯の処へ挟んだんですがねえ、何ですか、大きな尻尾を捲《ま》いたような、変な、それは様子なんです。……
おや、無面目《むめんもく》だよ、人の内へ、穿物《はきもの》を懐へ入れて、裾端折のまんま、まあ、随分なのが御連中の中に、とそう思っていたんですがね、へい、まぐれものなんでございますかい。)
わなわな震えて聞いていたっけ、堪《たま》らなくなった、と見えてお三輪は私に縋《すが》り着いた。
いや、お前も、可恐《おっか》ながる事は無い。……
もう、そこまでになると、さすがにものの分った姉さんたちだ、お蘭さんもお種さんも、言合わせたように。私にも分った。言出して見ると皆|同一《おんなじ》。」……
二十一
「茶番さ。」
「まあ!」
「誰か趣向をしたんだね、……もっとも、昨夜《ゆうべ》の会は、最初から百物語に、白装束や打散《ぶっち》らし髪《がみ》で人を怯《おど》かすのは大人気無い、素《す》にしよう。――それで、電燈《でんき》だって消さないつもりでいたんだから。
けれども、その、しないという約束の裏を行《ゆ》くのも趣向だろう。集った中にや、随分|娑婆気《しゃばっけ》なのも少くない。きっと誰かが言合わせて、人を頼んだか、それとも自から化けたか、暗い中から密《そっ》と摺抜《すりぬ》ける事は出来たんだ。……夜は更けたし、潮時を見計らって、……確《たしか》にそれに相違無い。
トそういう自分が、事に因ると、茶番の合棒《あいぼう》、発頭人《ほっとうにん》と思われているかも知れん。先刻《さっき》入ったという怪しい婆々《ばばあ》が、今現に二階に居て、傍《はた》でもその姿を見たものがあるとすれば……似たようなものの事を私が話したんだから。
(誰かの悪戯《いたずら》です。)
(きっとそう、)
と婦人《おんな》だちも納得した。たちまち雲霧が晴れたように、心持もさっぱりしたろう、急に眠気《ねむけ》が除《と》れたような気がした、勇気は一倍。
怪《け》しからん。鳥の羽に怯《おびや》かされた、と一の谷に遁込《にげこ》んだが、緋《ひ》の袴《はかま》まじりに鵯越《ひよどりご》えを逆寄《さかよ》せに盛返す……となると、お才さんはまだ帰らなかった。お三輪も、恐《こわ》いには二階が恐い、が、そのまま耳の疎《うと》いのと差対《さしむか》いじゃなお遣切《やりき》れなかったか、また袂《たもと》が重くなって、附着《くッつ》いて上《あが》ります。
それでも、やっぱり、物干の窓の前は、私はじめ悚然《ぞっ》としたっけ。
ばたばたと忙《せわ》しそうに皆《みんな》坐った、旧《もと》の処へ。
で、思い思いではあるけれども、各自《めいめい》暗がりの中を、こう、……不気味も、好事《ものずき》も、負けない気も交《まじ》って、その婆々《ばばあ》だか、爺々《じじい》だか、稀有《けぶ》な奴《やつ》は、と透かした。が居ない……」
梅次が、確めるように調子を圧《おさ》えて、
「居ないの、」
「まあ、お待ち、」
と腕を組んで、胡坐《あぐら》を直して、伸上って一呼吸《ひといき》した。
「そこで、連中は、と見ると、いやもう散々の為体《ていたらく》。
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