時間が時間だから、ぐったり疲切って、向うの縁側へ摺出《ずりだ》して、欄干《てすり》に臂《ひじ》を懸けて、夜風に当っているのなどは、まだ確《たしか》な分で。突臥《つっぷ》したんだの、俯向《うつむ》いたんだの、壁で頭を冷してるのもあれば、煙管《きせる》で額へ突支棒《つっかいぼう》をして、畳へ※[#「足へん+倍のつくり」、第3水準1−92−37]《の》めったようなのもある。……夜汽車が更けて美濃《みの》と近江《おうみ》の国境《くにざかい》、寝覚《ねざめ》の里とでもいう処を、ぐらぐら揺《ゆす》って行《ゆ》くようで、例の、大きな腹だの、痩《や》せた肩だの、帯だの、胸だの、ばらばらになったのが遠灯《とおあかり》で、むらむらと一面に浮いて漾《ただよ》う。
(佐川さん、)
と囁《ささや》くように、……幹事だけに、まだしっかりしていた沢岡でね。やっぱり私の隣りに坐ったのが、
(妙なものをお目に懸けます。)
(え、)
それ、婆々か、と思うとそうじゃ無い。
(縁側の真中《まんなか》の――あの柱に、凭懸《よりかか》ったのは太田(西洋画家)さんですがね、横顔を御覧なさい、頬がげっそりして面長《おもなが》で、心持、目許《めもと》、ね、第一、髪が房々と真黒《まっくろ》に、生際《はえぎわ》が濃く……灯《あかり》の映る加減でしょう……どう見ても婦人《おんな》でしょう。婦人《おんな》も、産後か、病上《やみあが》りてった、あの、凄《すご》い蒼白《あおじろ》さは、どうです。
もう一人、)
と私の脇の下へ、頭を突込《つっこ》むようにして、附着《くッつ》いて、低く透かして、
(あれ、ね、床の間の柱に、仰向けに凭《もた》れた方は水島(劇評家)さんです。フト口を開《あ》きか何か、寝顔はという躾《たしなみ》で、額から顔へ、ぺらりと真白《まっしろ》は手巾《ハンケチ》を懸けなすった……目鼻も口も何にも無い、のっぺらぽう……え、百物語に魔が魅《さ》すって聞いたが、こんな事を言うんですぜ。)
ところが、そんなので無いのが、いつか魅《さ》し掛けているので気になる……」
二十二
「そうすると、趣向をしたのはこの人では無いらしい、企謀《もくろ》んだものなら一番懸けに、婆々《ばばあ》を見着けそうなものだから。
(ねえ、こっちにもう一つ異体《いてい》なのは、注連《しめ》でも張りそうな裸のお腹、……)
(何じゃね、)と直きに傍《そば》だったので、琴の師匠は聞着けたが、
(いいえ、こちらの事で。)幹事が笑うと、欠伸《あくび》まじりで、それなり、うとうと。
(まあ、これは一番正体が知れていますが、それでも唐突《だしぬけ》に見ると吃驚《びっくり》しますぜ。で、やっぱりそれ、燭台《しょくだい》の傍《わき》の柱に附着《くッつ》いて胡坐《あぐら》でさ。妙に人相|形体《ぎょうてい》の変ったのが、三つとも、柱の処ですからね。私も今しがた敷居際の、仕切の壁の角を、摺出《ずりだ》した処ですよ。
どうです、心得ているから可《い》いようなものの、それでいながら変に凄《すご》い。気の弱い方が、転寝《うたたね》からふっと覚際《さめぎわ》に、ひょっと一目見たら、吃驚《びっくり》しますぜ。
魔物もやっぱり、蛇や蜘蛛《くも》なんぞのように、鴨居《かもい》から柱を伝って入って来ると見えますな。)
(可厭《いや》ですね。)
婦人は二人、颯《さっ》と衣紋《えもん》を捌《さば》いて、※[#「木+靈」、第3水準1−86−29]子窓《れんじまど》の前を離れた、そこにも柱があったから。
そして、お蘭さんが、
(ああ、また……開《あ》いていますね。)
と言うんだ。……階下《した》から二階へ帰掛けに、何の茶番が! で、私がぴったり閉めた筈《はず》。その時は勿論、婆々も爺々も見えなかった、――その物干の窓が、今の間に、すかり、とこう、切放したように、黒雲立って開《あ》いている。
お種さんが、
(憚《はばか》り様、どうかそこをお閉め下さいまし。)
こう言って声を懸けた。――誰か次の室《ま》の、その窓際に坐っているのが見えたんだろう。
お聞き……そうすると……壁腰、――幹事の沢岡が気にして摺退《すりの》いたという、敷居外の柱の根の処で、
(な、)
と云う声だ! 私は氷を浴びたように悚然《ぞっ》とした。
(閉《しめ》い言うて、云わしゃれても、な、埒《らち》明《あ》かん。閉めれば、その跡から開けるで、やいの。)
聞くと、筋も身を引釣《ひッつ》った、私は。日暮に谷中の坂で聞いた、と同じじゃないか。もっとも、年寄りは誰某《だれそれ》と人を極《き》めないと、どの声も似てはいるが。
それに、言い方が、いかにも邪慳《じゃけん》に、意地悪く聞えたせいか、幹事が、対手《あいて》は知らず、ちょっと詰《なじ》るように、
(誰
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