とはどうだ。
 聞いちゃおられん、余《あんま》り残酷で。可加減《いいかげん》にしておきなさい。誰だか。)
 と凜々《りんりん》と云う。
 聞きも果てずに、
(酷《むご》いとは、酷いとは何じゃ、の、何がや、向うの縁側のその殿、酷いとはいの、やいの、酷いとはいの。)
 と畳掛けるように、しかも平気な様子。――向うの縁側のその殿――とは言種《いいぐさ》がどうだい。」

       二十四

「子爵が屹《きっ》となって、坐り直った様《よう》だっけ。
(知らんか、残酷という事を、知らなけりゃ聞かせようじゃないか、前へ出ないか、おい、こっちへ入らんか。)
(行《ゆ》こうのう、殿、その傍《そば》へ参ろうじゃがの、そこに汚穢《むさ》いものがあろうがや。早やそれが、汚穢うて汚穢うてならぬ。……退《の》けてくされませ、殿、)と言うんだ。
(汚《むさ》いもの、何がある。)
(小丼に入れた、青梅の紫蘇巻《しそまき》じゃ。や、香もならぬ、ふっふっ。ええ、胸悪やの、先刻《さっき》にから。……早く退《ど》けしゃらぬと、私《わし》も嘔吐《もど》そう、嘔吐そう、殿。)
 茶うけに出ていた甘露梅の事だ。何か、女児《おんなご》も十二三でなければ手に掛けないという、その清浄《しょうじょう》な梅漬を、汚穢くてならぬ、嘔吐すと云う。
(吐きたければ吐け、何だ。)
(二寸の蚯蚓《みみず》、三寸の蛇、ぞろぞろと嘔吐すが怪《け》しゅうないか。)
 余り言種《いいぐさ》が自棄《やけ》だから、
(蛇や蚯蚓は構わんが、そこらで食って来た饂飩《うどん》なんか吐かれては恐縮だ。悪い酒を呷《あお》ったろう。佐川さん、そこらにあったら片附けておやんなさい。)
 私は密《そっ》と押遣《おしや》って、お三輪と一所に婦人だちを背後《うしろ》へ庇《かば》って、座を開く、と幹事も退《の》いて、私に並んで楯《たて》になる。
 次の間かけて、敷居の片隅、大きな畳の穴が開いた。そこを……もくもく、鼠に茶色がかった朦朧《もうろう》とした形が、フッ、と出て、浮いて、通った。――
 どうやら、臀《しり》から前《さき》へ、背後《うしろ》向きに入るらしい。
 ト前へ被《かぶ》さった筈《はず》だけれども、琴の師匠の裸の腹はやっぱり見えた。縁側の柱の元へ、音もなく、子爵に並んだ、と見ると、……気のせいだろう、物干の窓は、ワヤワヤと気勢《けはい》立って、奴《
前へ 次へ
全49ページ中41ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング