が明けます。)
(誰や知らん。)
(はあ、閉める障子を明ける人がありますか。)
(棺の蓋《ふた》は一度じゃが、な、障子は幾度《いくたび》でも開けられる、閉《た》てられるがいの。)
(可《い》いから、閉めて下さい、夜が更けて冷えるんですから、)と幹事も不機嫌な調子で言う。
(惜《お》きましょ。透通いて見えん事は無けれどもよ……障子越は目に雲霧じゃ、覗《のぞ》くにはっきりとよう見えんがいの。)
(誰か、物干から覗くんですかね。)
(彼《かれ》にも誰《たれ》にも、大勢、な、)
(大勢、……誰です、誰です。)
 と、幹事もはじめて、こう逆に捻向《ねじむ》いて背後《うしろ》を見た。
(誰や言うてもな、殿、殿たちには分らぬ、やいの、形も影も、暗い、暗い、暗い、見えぬぞ、殿。)
(明るくしよう、)
 と幹事も何か急込《せきこ》んで、
(三輪《みい》ちゃん、電燈《でんき》を、電燈《でんき》を、)
 と云ったが、どうして、あの娘《こ》が動き得ますか。私の膝に、可哀相に、襟を冷たくして突臥《つっぷ》したッきり。
「措《お》きませ、措きませい。無駄な事よ、殿、地獄の火でも呼ばぬ事には、明るくしてかて、殿たちの目に、何が見えよう。……見えたら異事《こと》じゃぞよ、異事じゃぞよ、の。見えぬで僥倖《しあわせ》いの、……一目見たら、やあ、殿、殿たちどうなろうと思わさる。やあ、)
 と口を、ふわふわと開けるかして、声が茫《ぼう》とする。」

       二十三

「幹事が屹《きっ》として、
(誰です、お前さんは、)
 と聞いた。この時、睡《ねむ》っていない人が一人でもあるとすれば、これは、私はじめ待構えた問《とい》だった。
(私《わし》か、私か、……殿、)
 と聞返して、
(同じ仲間のものじゃが、やいの。)
(夥間《なかま》? 私たちの?)
(誰がや、……誰がや、)
 と嘲《あざけ》るように二度言って、
(殿たちの。私《わし》が言うは近間に居る、大勢の、の、その夥間じゃ、という事いの。)
(何かね、廓《くるわ》の人かね。)
(されば、松の森、杉の林、山懐《やまふところ》の廓のものじゃ。)
(どこから来ました。)
(今日は谷中の下闇《したやみ》から、)
(佐川さん、)
 と少し声高に、幹事が私を呼ぶじゃないか。
 私は黙っていたんだ。
 しばらくして、
(何をしに……)
(「とりあげ」をしょうため
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