じゃね、)と直きに傍《そば》だったので、琴の師匠は聞着けたが、
(いいえ、こちらの事で。)幹事が笑うと、欠伸《あくび》まじりで、それなり、うとうと。
(まあ、これは一番正体が知れていますが、それでも唐突《だしぬけ》に見ると吃驚《びっくり》しますぜ。で、やっぱりそれ、燭台《しょくだい》の傍《わき》の柱に附着《くッつ》いて胡坐《あぐら》でさ。妙に人相|形体《ぎょうてい》の変ったのが、三つとも、柱の処ですからね。私も今しがた敷居際の、仕切の壁の角を、摺出《ずりだ》した処ですよ。
 どうです、心得ているから可《い》いようなものの、それでいながら変に凄《すご》い。気の弱い方が、転寝《うたたね》からふっと覚際《さめぎわ》に、ひょっと一目見たら、吃驚《びっくり》しますぜ。
 魔物もやっぱり、蛇や蜘蛛《くも》なんぞのように、鴨居《かもい》から柱を伝って入って来ると見えますな。)
(可厭《いや》ですね。)
 婦人は二人、颯《さっ》と衣紋《えもん》を捌《さば》いて、※[#「木+靈」、第3水準1−86−29]子窓《れんじまど》の前を離れた、そこにも柱があったから。
 そして、お蘭さんが、
(ああ、また……開《あ》いていますね。)
 と言うんだ。……階下《した》から二階へ帰掛けに、何の茶番が! で、私がぴったり閉めた筈《はず》。その時は勿論、婆々も爺々も見えなかった、――その物干の窓が、今の間に、すかり、とこう、切放したように、黒雲立って開《あ》いている。
 お種さんが、
(憚《はばか》り様、どうかそこをお閉め下さいまし。)
 こう言って声を懸けた。――誰か次の室《ま》の、その窓際に坐っているのが見えたんだろう。
 お聞き……そうすると……壁腰、――幹事の沢岡が気にして摺退《すりの》いたという、敷居外の柱の根の処で、
(な、)
 と云う声だ! 私は氷を浴びたように悚然《ぞっ》とした。
(閉《しめ》い言うて、云わしゃれても、な、埒《らち》明《あ》かん。閉めれば、その跡から開けるで、やいの。)
 聞くと、筋も身を引釣《ひッつ》った、私は。日暮に谷中の坂で聞いた、と同じじゃないか。もっとも、年寄りは誰某《だれそれ》と人を極《き》めないと、どの声も似てはいるが。
 それに、言い方が、いかにも邪慳《じゃけん》に、意地悪く聞えたせいか、幹事が、対手《あいて》は知らず、ちょっと詰《なじ》るように、
(誰
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