(どうもこうもなくってよ……)とお三輪は情《なさけ》ない声を出す。
(不可《いけ》ませんでしたかねえ。私はやっぱり会にいらしった方か、と思って。)
 ……成程な、」
 と民弥は言い掛けて苦笑した。
「会へいらしったには相違は無い。
(今時分来る人があって、お組さん。もう二時半だわ。)
(ですがね、この土地ですし……ちょいと、御散歩にでもお出掛けなすったのが、帰って見えたかとも思いましたしさ……お怪《ばけ》の話をする、老人《としより》は居ないかッて、誰方《どなた》かお才はんに話しをしておいでだったし、どこか呼ばれて来たのかとも、後でね、考えた事ですよ。いえね、そんな汚い服装《なり》じゃありません。茶がかった鼠色の、何ですか無地もので、皺《しわ》のないのを着てでした。
 けれども、顔で覗いてその土間へお入んさすった時は、背後《うしろ》向きでね、草履でしょう、穿物《はきもの》を脱いだのを、突然《いきなり》懐中《ふところ》へお入れなさるから、もし、ッて留めたんですが、聞かぬ振《ふり》で、そして何です、そのまんま後びっしゃりに、ずるッかずるッかそこを通って、)
 と言われた時は、揃って畳の膝を摺《ず》らした。
(この階子段《はしごだん》の下から、向直ってのっそりのっそり、何だか不躾《ぶしつけ》らしい、きっと田舎のお婆さんだろうと思いました。いけ強情な、意地の悪い、高慢なねえ、その癖しょなしょなして、どうでしょう、可恐《おそろし》い裾長《すそなが》で、……地《じ》へ引摺るんでございましょうよ。
 裾端折《すそはしょり》を、ぐるりと揚げて、ちょいと帯の処へ挟んだんですがねえ、何ですか、大きな尻尾を捲《ま》いたような、変な、それは様子なんです。……
 おや、無面目《むめんもく》だよ、人の内へ、穿物《はきもの》を懐へ入れて、裾端折のまんま、まあ、随分なのが御連中の中に、とそう思っていたんですがね、へい、まぐれものなんでございますかい。)
 わなわな震えて聞いていたっけ、堪《たま》らなくなった、と見えてお三輪は私に縋《すが》り着いた。
 いや、お前も、可恐《おっか》ながる事は無い。……
 もう、そこまでになると、さすがにものの分った姉さんたちだ、お蘭さんもお種さんも、言合わせたように。私にも分った。言出して見ると皆|同一《おんなじ》。」……

       二十一

「茶番さ。」

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