いつさ?)
(今しがた、可厭《いや》な鴉《からす》が泣きましたろう……)
いや、もうそれには及ばぬものはまた意地悪く聞える、と見える。
(照吉さんの様子を見に、お才はんが駆出して行《ゆ》きなすった、門《かど》を開放《あけはな》したまんまでさ。)
皆《みんな》が振向いて門を見たんだ。」――
二十
「その癖|門《かど》の戸は閉《しま》っている。土間が狭いから、下駄が一杯、杖《ステッキ》、洋傘《こうもり》も一束。大勢|余《あんま》り隙《ひま》だから、歩行出《あるきだ》したように、もぞりもぞりと籐表《とうおもて》の目や鼻緒なんぞ、むくむく動く。
この人数が、二階に立籠《たてこも》る、と思うのに、そのまた静《しずか》さといったら無い。
お組がその儀は心得た、という顔で、
(後で閉めたんでございますがね、三輪《みい》ちゃん、お才はんが粗々《そそ》かしく、はあ、)
と私達を見て莞爾《にっこり》しながら、
(駆出して行《ゆ》きなすった、直き後でございますよ。入違いぐらいに、お年寄が一人、その隅《すみッ》こから、扁平《ひらべっ》たいような顔を出して覗《のぞ》いたんでございますよ。
何でも、そこで、お上《かみ》さんに聞いて来た、とそう言いなすったようでしたっけ……すたすた二階へお上《あが》りでございました。)
さ、耳の疎《うと》いというものは。
(どこの人よ、)
とお三輪が擦寄って、急込《せきこ》んで聞く。
(どこのお婆さんですか。)
(お婆さんなの、ちょいと……)
私たちが訊《たず》ねたい意《こころ》は、お三輪もよく知っている。闇《くら》がり坂以来、気になるそれが、爺《じじ》とも婆《ばば》とも判別《みわけ》が着かんじゃないか。
(でしょうよ、はあ、……余程《よっぽど》の年紀《とし》ですから。)
(いいえさ、年寄だってね、お爺さんもお婆さんもありますッさ。)
(それがね、それですがね三輪ちゃん。)
と頭《かぶり》を掉《ふ》って、
(どっちだかよく分りません。背《せい》の低い、色の黄色|蒼《あお》い、突張《つっぱ》った、硝子《ビイドロ》で張ったように照々《てらてら》した、艶《つや》の可《い》い、その癖、随分よぼよぼして……はあ、手拭《てぬぐい》を畳んで、べったり被《かぶ》って。)
女たちは、お三輪と顔を見合わせた。
(それですが、どうかしましたか。
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