めく白い素足で、畳触《たたみざわ》りを、ちと荒く、ふいと座を起《た》ったものである。
待遇《あいしらい》に二つ三つ、続けて話掛けていたお才が、唐突《だしぬけ》に腰を折られて、
「あいよ。」
で、軽く衣紋《えもん》を圧《おさ》え、痩《や》せた膝で振り返ると、娘はもう、肩のあたりまで、階子段《はしごだん》に白地の中形を沈めていた。
「ちょっと、」……と手繰って言ったと思うと、結綿《ゆいわた》がもう階下《した》へ。
「何だい。」とお才は、いけぞんざい。階子段の欄干《てすり》から俯向《うつむ》けに覗《のぞ》いたが、そこから目薬は注《さ》せなそうで、急いで降りた。
「何だねえ。」
「才ちゃんや。」
と段の下の六畳の、長火鉢の前に立ったまま、ぱっちりとした目許《めもと》と、可愛らしい口許で、引着けるようにして、
「何だじゃないわ。お気を着けなさいよ。梅次|姉《ねえ》さんの事なんか言って、兄さんが他《ほか》の方に極《きまり》が悪いわ。」
「ううん。」と色気の無い頷《うなず》き方。
「そうだっけ。まあ、可《い》いやね。」
「可《よ》かない事よ……私は困っちまう。」
「何だねえ、高慢な。」
「高慢じゃないわ。そして、先生と云うものよ。」
「誰をさ。」
「皆さんをさ、先生とか、あの、貴方《あなた》とか、そうじゃなくって。誰方《どなた》も身分のある方なのよ。」
「そうかねえ。」
「そうかじゃありませんよ。才ちゃんてば。……それをさ、民さんだの、お前《ま》はんだのって……私は聞いていてはらはらするわ、お気を注《つ》けなさいなね。」
「ああ、そうだね、」
と納得はしたものの、まだ何《なん》だか、不心服らしい顔色《かおつき》で、
「だって可《い》いやね、皆さんが、お化《ばけ》の御連中なんだから。」
習慣《ならわし》で調子が高い、ごく内《ない》の話のつもりが、処々、どころでない。半ば以上は二階へ届く。
一同くすくすと笑った。
民弥は苦笑したのである。
その時、梅次の名も聞えたので、いつの間にか、縁の幕の仮名の意味が、誰言うとなく自然《おのず》と通じて、投遣《なげや》りな投放《むすびばな》しに、中を結んだ、紅《べに》、浅葱《あさぎ》の細い色さえ、床の間の籠《かご》に投込んだ、白い常夏《とこなつ》の花とともに、ものは言わぬが談話《はなし》の席へ、仄《ほのか》な俤《おもかげ》に立ってい
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