暴風雨《あらし》があつて、鉄道が不通に成り、新道《しんどう》とても薬研《やげん》に刻んで崩れたため、旅客《りょかく》は皆こゝを辿《たど》つたのであるが、其も当時だけで、又|中絶《なかだ》えして、今は最《も》う、後《おく》れた雁《かり》ばかりが雲を越す思ひで急ぐ。……
 上端《あがりばな》に客を迎顔《むかえがお》の爺様《じいさま》の、トやつた風采《ふうさい》は、建場《たてば》らしくなく、墓所《はかしょ》の茶店《ちゃみせ》の趣《おもむき》があつた。
「旅籠《はたご》はの、大昔から、蔵屋と鍵屋と二軒ばかりでござんすがの。」
「何方《どちら》へ泊らうね。」
「やあ、」
 と皺手《しわで》を膝《ひざ》へ組んで、俯向《うつむ》いて口をむぐ/\さして、
「鍵屋へは一人も泊るものがごいせぬ。何《なん》や知らん怪しい事がある言うての。」

        三

 沢は蔵屋へ泊つた。
 が、焼麩《やきぶ》と小菜《こな》の汁で膳《ぜん》が済むと、最《も》う行燈《あんどう》を片寄《かたよ》せて、小女《こおんな》が、堅い、冷《つめた》い寝床を取つて了《しま》つたので、此《これ》からの長夜《ながよ》を、いとゞ侘《
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