めん》が、斧《おの》を取つて襲ふかともの凄《すご》い。……心細さは鼠《ねずみ》も鳴かぬ。
 其処《そこ》へ、茶を焙《ほう》じる、夜《よ》が明けたやうな薫《かおり》で、沢は蘇生《よみがえ》つた気がしたのである。
 けれども、寝られぬ苦しさは、ものの可恐《おそろ》しさにも増して堪へられない。余りの人の恋しさに、起きて、身繕《みづくろ》ひして、行燈《あんどう》を提げて、便《たより》のないほど堂々広《だだっぴろ》い廊下を伝つた。
 持つて下りた行燈《あんどう》は階子段《はしごだん》の下に差置《さしお》いた。下の縁《えん》の、ずつと奥の一室《ひとま》から、ほのかに灯《ひ》の影がさしたのである。
 邪《よこしま》な心があつて、ために憚《はばか》られたのではないが、一足《ひとあし》づゝ、みし/\ぎち/\と響く……嵐《あらし》吹《ふき》添ふ縁《えん》の音は、恁《かか》る山家《やまが》に、おのれ魅《み》と成つて、歯を剥《む》いて、人を威《おど》すが如く思はれたので、忍んで密《そっ》と抜足《ぬきあし》で渡つた。
 傍《そば》へ寄るまでもなく、大《おおき》な其の障子の破目《やれめ》から、立ちながら裡《うち》
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