きし》らずに居た、此の山には温泉《いでゆ》などあつて、それで逗留をして居るのであらう。
 と先《ま》づ思つた。
 処《ところ》が、聞いて見ると、然《そ》うで無い。唯《ただ》此処《ここ》の浮世離《うきよばな》れがして寂《さみ》しいのが気に入つたので、何処《どこ》にも行かないで居るのだと云ふ。
 寂《さみ》しいにも、第一|此《こ》の家には、旅人の来て宿るものは一|人《にん》も無い、と茶店《ちゃみせ》で聞いた――泊《とまり》がさて無いばかりか、※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》して見ても、がらんとした古家《ふるいえ》の中に、其の婦《おんな》ばかり。一寸《ちょっと》鼠《ねずみ》も騒がねば、家族らしいものの影も見えぬ。
 男たちは、疾《とう》から人里《ひとざと》へ稼《かせ》ぎに下《お》りて少時《しばらく》帰らぬ。内には女房と小娘が残つて居るが、皆向うの賑《にぎや》かな蔵屋の方へ手伝ひに行く。……商売敵《しょうばいがたき》も何も無い。只管《ひたすら》人懐《ひとなつ》かしさに、進んで、喜んで朝から出掛ける……一頃《ひところ》皆無《かいむ》だつた旅客《りょかく》が急に立籠《たてこ》ん
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