框《かまち》を納涼台《すずみだい》のやうにして、端近《はしぢか》に、小造《こづく》りで二十二三の婦《おんな》が、しつとりと夜露《よつゆ》に重さうな縞縮緬《しまちりめん》の褄《つま》を投げつゝ、軒下《のきした》を這《は》ふ霧を軽く踏んで、すらりと、くの字に腰を掛け、戸外《おもて》を視《なが》めて居たのを、沢は一目見て悚然《ぞっ》とした。月の明《あかる》い美人であつた。
 が、櫛巻《くしまき》の髪に柔かな艶《つや》を見せて、背《せな》に、ごつ/\した矢張《やっぱ》り鬱金《うこん》の裏のついた、古い胴服《ちゃんちゃんこ》を着て、身に染《し》む夜寒《よさむ》を凌《しの》いで居たが、其の美人の身に着《つ》いたれば、宝蔵千年《ほうぞうせんねん》の鎧《よろい》を取つて投懸《なげか》けた風情《ふぜい》がある。
 声も乱れて、
「お代《だい》は?」
「私は内のものではないの。でも可《よ》うござんす、めしあがれ。」
 と爽《さわやか》な、清《すず》しいものいひ。

        四

 沢は、駕籠《かご》に乗つて蔵屋に宿つた病人らしい其と言ひ、鍵屋に此の思ひがけない都人《みやこびと》を見て、つい聞知《き
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