をした峰が揺《ゆす》ぶれた。
夜《よる》の樹立の森々《しんしん》としたのは、山颪《やまおろし》に、皆……散果《ちりは》てた柳の枝の撓《しな》ふやうに見えて、鍵屋の軒《のき》を吹くのである。
透かすと……鍵屋の其の寂《さび》しい軒下《のきした》に、赤いものが並んで見えた。見る内に、霧が薄らいで、其が雫《しずく》に成るのか、赤いものは艶《つや》を帯びて、濡色《ぬれいろ》に立つたのは、紅玉《こうぎょく》の如き柿の実を売るさうな。
「一つ食べよう。」
迚《とて》も寝られぬ……次手《ついで》に、宿の前だけも歩行《ある》いて見よう、――
「遠くへ行《ゆ》かつせるな、天狗様《てんぐさま》が居ますぜえ。」
あり合はせた草履《ぞうり》を穿《は》いて出る時、亭主が声を掛けて笑つた。其の炉辺《ろべり》には、先刻《さっき》の按摩《あんま》の大入道《おおにゅうどう》が、やがて自在の中途《ちゅうと》を頭で、神妙らしく正整《しゃん》と坐つて。……胡坐《あぐら》掻《か》いて駕籠舁《かごかき》も二人居た。
沢は此方《こなた》の側伝《かわづた》ひ、鍵屋の店を謎《なぞ》を見る心持《ここち》で差覗《さしのぞ》きなが
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