、団子|噛《かじ》るにも、蕎麦《そば》を食うにも、以来、欣弥さんの嫁御の事で胸が詰《つま》る。しかる処へ、奥方連《おくがたづれ》のお乗込みは、これは学問修業より、槍先《やりさき》の功名、と称《とな》えて可《よ》い、とこう云うてな。
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この間に、おりく茶を運ぶ、がぶりとのむ。
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はッはッはッはッ。
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撫子弱っている。
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村越 (額に手を当て)いや、召使い……なんですよ。
七左 いずれそりゃ、そりゃいずれ、はッはッはッ、若いものの言う事は極《きま》っておる。――奥方、気にせまい。いずれそりゃ、田鼠化為鶉《でんそかしてうずらとなる》、雀入海中為蛤《すずめかいちゅうにいってはまぐりとなる》、とあってな、召つかいから奥方になる。――老人田舎もののしょうが[#「しょうが」に傍点]には、山の芋を穿《ほ》って鰻《うなぎ》とする法を飲込んでいるて。拙者《せっしゃ》、足軽ではござれども、(真面目《まじめ》に)松本の藩士、士族でえす。刀に掛けても、追《おっ》つけ表向《おもてむき》の奥方にいたす、はッはッはッ、――これ遁《に》げまい。
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撫子、欣弥の目くばせに、一室《ひとま》にかくる。
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欣弥さんはお奉行様じゃ、むむ、奥方にあらず、御台所《みだいどころ》と申そうかな。
撫子 お支度が。(――いい由《よし》知らせる。)
村越 さあ、小父《おじ》さん、とにかくあちらで。何からお話を申して可《よ》いか……なにしろまあ、那室《あちら》へ。
七左 いずれ、そりゃ、はッはッはッ、御馳走には預るのじゃ、はッはッはッ。遠慮は不沙汰《ぶさた》、いや、しからば、よいとまかせのやっとこな。(と云って立つ。村越に続いて一室《ひとま》に入《い》らんとして、床の間の菊を見る)や、や、これは潔く爽《さわやか》じゃ。御主人の気象によく似ておる。
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欣弥、莞爾《にっこり》して撫子の顔を見て、その心づかいを喜び謝す。撫子嬉しそ
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