たら可《い》いでしょう――こんなもの、掃溜へ打棄《うっちゃ》って来るわ。(立つ。)
撫子 ああ、靴の音が。
りく 旦那様のお帰りですね。
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村越欣弥《むらこしきんや》。高原七左衛門《たかはらしちざえもん》。登場。道を譲る。
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村越 ま、まあ、御老人。
七左 いや、まず……先生。
村越 先生は弱りました。(忸怩《じくじ》たり)では書生流です、御案内。
七左 その気象! その気象!
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撫子。出迎えんとして、ちょっと髷に手を遣《や》り、台所へ下らんとするおりくの手を無理に取って、並んで出迎う。
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撫子 お帰り遊ばせ。
村越 お客様に途中で逢《あ》ったよ。
撫子 (一度あげたる顔を、黙ってまた俯向《うつむ》き、手をつく。)
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七左。よう、という顔色《かおつき》にて、兀頭《はげあたま》の古帽を取って高く挙げ、皺《しわ》だらけにて、ボタン二つ離れたる洋服の胸を反らす。太きニッケル製の時計の紐《ひも》がだらりとあり。
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村越 さあ、どうぞ。
七左 御免、真平《まっぴら》御免。
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腰を屈《かが》め、摺足《すりあし》にて、撫子の前を通り、すすむる蒲団《ふとん》の座に、がっきと着く。
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撫子 ようおいで遊ばしました。
七左 ははっ、奥さん。(と倒《さかさ》になる。)
撫子 (手を支《つか》えたるまま、つつと退《すさ》る。)
村越 父、母の御懇意。伯父さん同然な方だ。――高原さん……それは余所《よそ》の娘です。
七左 (高らかに笑う)はッはッはッ、いずれ、そりゃ、そりゃ、いずれ、はッはッはッはッ。一度は余所の娘御には相違ないてな。いや、婆《ばばあ》どのも、かげながら伝え聞いて申しておる。村越の御子息が、目《ま》のあたり立身出世は格別じゃ、が、就中《なかんずく》、豪《えら》いのはこの働きじゃ。万一この手廻しがのうてみさっしゃい
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