い人たち二人の処、向後はともあれ、今日ばかりは一杯でなしに、一口|呑《の》んだら直ぐに帰って、意気な親仁になれと云う。の、婆々どののたっての頼みじゃ。田鼠化為鶉、親仁、すなわち意気となる。はッはッはッ。いや。当家《こちら》のお母堂様《ふくろさま》も御存じじゃった、親仁こういう事が大好きじゃ、平《ひら》に一番《ひとつ》遣《や》らせてくれ。
村越 (ともに笑う)かえってお心任せが可いでしょう。しかし、ちょうど使《つかい》のものもあります、お恥かしい御膳ですが、あとから持たせて差上げます。
撫子 あの、赤の御飯を添えまして。
七左 過分でござる。お言葉に従いますわ。時に久しぶりで、ちょっと、おふくろ様に御挨拶《ごあいさつ》を申したい。
村越 仏壇がまだ調いません、位牌《いはい》だけを。
七左 はあ、香花《こうげ》、お茶湯《ちゃとう》、御殊勝でえす。達者でござったらばなあ。
村越 (涙ぐむ。)
七左 おふくろどの、主《ぬし》がような後生の好人《いいひと》は、可厭《いや》でも極楽。……百味の飲食《おんじき》。蓮《はす》の台《うてな》に居すくまっては、ここに(胃をたたく)もたれて可《よ》うない。ちと、腹ごなしに娑婆《しゃば》へ出て来て、嫁御にかき[#「かき」に傍点]餅でも焼いてやらしゃれ。(目をこすりつつ撫子を見る)さて、ついでに私《わし》の意気になった処を見され、御同行《ごどうぎょう》の婆々どのの丹精じゃ。その婆々どのから、くれぐれも、よろしゅうとな。いやしからば。
村越 (送り出す)是非|近々《ちかぢか》に。
七左 おんでもない。晩にも出直す。や、今度は長尻《ながちり》長左衛門じゃぞ。奥方、農産会に出た、大糸瓜の事ではない、はッはッはッ。(出て行《ゆ》く。)
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村越座に帰る。
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撫子 (鬢《びん》に手をあて、悄《しお》れて伏す)旦那様、済みません。
村越 お互の中にさえ何事もなければ、円髷《まげ》も島田も構うものか。
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この間に七左衛門花道の半ばへ行《ゆ》く、白糸出づ。
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白糸 (行違い、ちょっと小腰)あ、もし、旦那。
七左 ほう、私《わし》
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