かの。
白糸 少々伺いとう存じます。
七左 はいはい。ああ何なりとも聞くが可《よ》い。信濃国東筑摩郡松本中は鵜《う》でござる。
白糸 あの、新聞で、お名前を見て参ったのでございますが、この御近処に、村越さんとおっしゃる方のお住居《すまい》を、貴方、御存じではございませんか。
七左 おお、弥兵衛《やへえ》どの御子息欣弥どの。はあ、新聞に出ておりますか。田鼠化為鶉、馬丁《べっとう》すなわち奉行となる。信濃国東筑摩郡松本中の評判じゃ。唯今《ただいま》、その邸から出て来た処よの。それ、そこに見えるわ、あ、あれじゃ。
白糸 ああ、嬉しい、あの、そして、欣弥さんは御機嫌でございますか。
七左 壮健《たっしゃ》とも、機嫌は今日のお天気でえす。早う行って逢いなさい。
白糸 難有《ありがと》う、飛んだお邪魔を――あ、旦那。
七左 はいはい。
白糸 それから、あの、ちょっと伺いとう存じますが、欣弥さんは、唯今、御家内はお幾人《いくたり》。
七左 二人じゃが、の。
白糸 お二人……お女中と……
七左 はッはッはッ、いずれそのお女中には違いない。はッはッはッ。
白糸 (ふと気にして)どんなお方。
七左 どんなにも、こんなにも、松本中での、あでやかな[#「あでやかな」に傍点]奥方じゃ。
白糸 お家《うち》が違やしませんか。
七左 村越弥兵衛どの御子息欣弥殿。何が違う。
白糸 おや、それじゃ私の生霊《いきりょう》が行ってるのかしら。
七左 ええ……変なことを言う。
白糸 見て下さい、私とは――違いますか。
七左 いや、この方が、床の間に活《い》けた白菊かな。
白糸 え。
七左 まずおいで。(別れつつ)はあてな、別嬪《べっぴん》二人二千石、功名々々。(繻子《しゅす》の洋傘《こうもり》を立てて入る。)
白糸 (二三度|※[#「低」の「にんべん」に代えて「彳」、第3水準1−84−31]徊《ていかい》して、格子にかかる)御免なさい。
[#ここで字下げ終わり]
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これよりさき、撫子、膳、風呂敷など台所へ。欣弥は一室に入《い》り、撫子、通盆《かよいぼん》を持って斉《ひと》しく入る。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
その (取次ぐ)はい。
白糸 (じろりと、その髪容《かみかたち》を視《なが》む)村越さんのお住居《すまい》はこちらで?
その はい、
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