幽谷の木立ちのごとく群がりたり。制服を絡《まと》いたる判事、検事は、赤と青とカバーを異にせるテーブルを別ちて、一段高き所に居並びつ。
 はじめ判事らが出廷せしとき、白糸は徐《しず》かに面《おもて》を挙《あ》げて渠らを見遣《みや》りつつ、臆《おく》せる気色《けしき》もあらざりしが、最後に顕われたりし検事代理を見るやいなや、渠は色|蒼白《あおざ》めて戦《おのの》きぬ。この俊爽なる法官は実に渠が三年《みとせ》の間|夢寐《むび》も忘れざりし欣さんならずや。渠はその学識とその地位とによりて、かつて馭者《ぎょしゃ》たりし日の垢塵《こうじん》を洗い去りて、いまやその面《おもて》はいと清らに、その眉はひときわ秀《ひい》でて、驚くばかりに見違えたれど、紛《まが》うべくもあらず、渠は村越欣弥なり。白糸は始め不意の面会に駭《おどろ》きたりしが、再び渠を熟視するに及びておのれを忘れ、三たび渠を見て、愁然として首を低《た》れたり。
 白糸はありうべからざるまでに意外の想《おも》いをなしたりき。
 渠はこのときまで、一箇《ひとり》の頼もしき馬丁《べっとう》としてその意中に渠を遇せしなり。いまだかくのごとく畏敬すべ
前へ 次へ
全87ページ中82ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング