くつがえ》るか、ただしはその身投げ落とさるるか。いずれも怪我《けが》は免《のが》れぬところと、老いたるは震い慄《おのの》き、若きは凝瞳《すえまなこ》になりて、ただ一秒ののちを危ぶめり。
七、八町を競争して、幸いに別条なく、馬車は辛くも人力車を追い抽きぬ。乗り合いは思わず手を拍《う》ちて、車も憾《うご》くばかりに喝采《かっさい》せり。奴は凱歌《かちどき》の喇叭を吹き鳴らして、後《おく》れたる人力車を麾《さしまね》きつつ、踏み段の上に躍れり。ひとり御者のみは喜ぶ気色《けしき》もなく、意《こころ》を注ぎて馬を労《いたわ》り駈《か》けさせたり。
怪しき美人は満面に笑《え》みを含みて、起伏常ならざる席に安んずるを、隣たる老人は感に堪えて、
「おまえさんどうもお強い。よく血の道が発《おこ》りませんね。平気なものだ、女丈夫《おとこまさり》だ。私《わたし》なんぞはからきし意気地《いくじ》はない。それもそのはずかい、もう五十八だもの」
その言《ことば》の訖《お》わらざるに、車は凸凹路《でこぼこみち》を踏みて、がたくりんと跌《つまず》きぬ。老夫《おやじ》は横様に薙仆《なぎたお》されて、半ば禿《は》げ
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