たる法然頭《ほうねんあたま》はどっさりと美人の膝に枕《まくら》せり。
「あれ、あぶない!」
と美人はその肩をしかと抱《いだ》きぬ。
老夫はむくむく身を擡《もた》げて、
「へいこれは、これはどうもはばかり様。さぞお痛うございましたろう。御免なすってくださいましよ。いやはや、意気地はありません。これさ馬丁《べっとう》さんや、もし若い衆《しゅ》さん、なんと顛覆《ひっくりかえ》るようなことはなかろうの」
御者は見も返らず、勢|籠《こ》めたる一|鞭《べん》を加えて、
「わかりません。馬が跌きゃそれまででさ」
老夫は眼《め》を円《まる》くして狼狽《うろた》えぬ。
「いやさ、転《ころ》ばぬ前《さき》の杖《つえ》だよ。ほんにお願いだ、気を着けておくれ。若い人と違って年老《としより》のことだ、放《ほう》り出されたらそれまでだよ。もういいかげんにして、徐々《やわやわ》とやってもらおうじゃないか。なんと皆さんどうでございます」
「船に乗れば船頭任せ。この馬車にお乗んなすった以上は、わたしに任せたものとして、安心しなければなりません」
「ええ途方もない。どうして安心がなるものか」
呆《あき》れはてて
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