進行しつ。
車夫は必死となりて、やわか後《おく》れじと焦《あせ》れども、馬車はさながら月を負いたる自家《おのれ》の影のごとく、一歩を進むるごとに一歩を進めて、追えども追えども先んじがたく、ようよう力衰え、息|逼《せま》りて、今や殪《たお》れぬべく覚ゆるころ、高岡より一里を隔つる立野《たての》の駅に来たりぬ。
この街道《かいどう》の車夫は組合を設けて、建場建場に連絡を通ずるがゆえに、今この車夫が馬車に後《おく》れて、喘《あえ》ぎ喘ぎ走るを見るより、そこに客待ちせる夥間《なかま》の一人は、手に唾《つば》して躍《おど》り出で、
「おい、兄弟《きょうでえ》しっかりしなよ。馬車の畜生どうしてくりょう」
やにわに対曳《さしび》きの綱を梶棒《かじぼう》に投げ懸《か》くれば、疲れたる車夫は勢いを得て、
「ありがてえ! 頼むよ」
「合点《がってん》だい!」
それと言うまま挽《ひ》き出だせり。二人の車夫は勇ましく相呼び相応《あいこた》えつつ、にわかに驚くべき速力をもて走りぬ。やがて町はずれの狭く急なる曲がりかどを争うと見えたりしが、人力車《くるま》は無二無三に突進して、ついに一歩を抽《ぬ》きけり。
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