道、越後直江津《えちごなおえつ》まで汽船便ある港なり。欣弥は平然として、
「これからすぐに発《た》とうと思う」
「これから※[#疑問符感嘆符、1−8−77]」と白糸はさすがに心《むね》を轟《とどろ》かせり。
 欣弥は頷きたりし頭《かしら》をそのまま低《た》れて、見るべき物もあらぬ橋の上に瞳《ひとみ》を凝らしつつ、その胸中は二途の分別を追うに忙しかりき。
「これからとはあんまり早急じゃありませんか。まだお話したいこともあるのだから、今夜はともかくも、ねえ」
 一面は欣弥を説き、一面は車夫に向かい、
「若い衆《しゅ》さん、済まないけれど、これを持って行っとくれよ」
 渠が紙入れを捜《さぐ》るとき、欣弥はあわただしく、
「車夫《くるまや》、待っとれ。行っちゃいかんぜ」
「あれさ、いいやね。さあ、若い衆さんこれを持って行っとくれよ」
 五銭の白銅を把《と》りて、まさに渡さんとせり。欣弥はその間《なか》に分け入りて、
「少し都合があるのだから、これから遣《や》ってくれ」
 渠は十分に決心の色を露わせり。白糸はとうていその動かす能わざるを覚《さと》りて、潔く未練を棄《す》てぬ。
「そう。それじゃ無
前へ 次へ
全87ページ中48ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング