のにねえ」
「行けりゃ行くさ。そこが浮き世じゃないか」
白糸は軽《かろ》く小|膝《ひざ》を拊《う》ちて、
「黄金《かね》の世の中ですか」
「地獄の沙汰《さた》さえ、なあ」
再び馭者は苦笑いせり。
白糸は事もなげに、
「じゃあなた、お出《い》でなさいな、ねえ、東京へさ。もし、腹を立っちゃいけませんよ、失礼だが、私が仕送ってあげようじゃありませんか」
深沈なる馭者の魂も、このとき跳《おど》るばかりに動《ゆらめ》きぬ。渠は驚くよりむしろ呆れたり。呆るるよりむしろ慄《おのの》きたるなり。渠は色を変えて、この美しき魔性《ましょう》のものを睨《ね》めたりけり。さきに半円の酒銭《さかて》を投じて、他の一銭よりも吝《お》しまざりしこの美人の胆《たん》は、拾人の乗り合いをしてそぞろに寒心せしめたりき。銀貨一片に※[#「目+登」、第3水準1−88−91]目《とうもく》せし乗り合いよ、君らをして今夜天神橋上の壮語を聞かしめなば、肝胆たちまち破れて、血は耳に迸出《ほとばし》らん。花顔柳腰の人、そもそもなんじは狐狸《こり》か、変化《へんげ》か、魔性か。おそらくは※[#「月+因」、35−8]脂《えんし》の
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