》は馬の家じゃなかったけれど、大の所好《すき》で、馬術では藩で鳴らしたものだそうだ。それだから、私も小児《こども》の時分|稽古《けいこ》をして、少しは所得《おぼえ》があるので、馬車会社へ住み込んで、馭者となった。それでまず活計《くらし》を立てているという、まことに愧《は》ずかしい次第さ。しかし、私だってまさか馬方で果てる了簡《りょうけん》でもない、目的も希望《のぞみ》もあるのだけれど、ままにならぬが浮き世かね」
渠は茫々《ぼうぼう》たる天を仰ぎて、しばらく悵然《ちょうぜん》たりき。その面上《おもて》にはいうべからざる悲憤の色を見たり。白糸は情に勝《た》えざる声音《こわね》にて、
「そりゃあ、もうだれしも浮き世ですよ」
「うむ、まあ、浮き世とあきらめておくのだ」
「今おまえさんのおっしゃった希望《のぞみ》というのは、私たちには聞いても解《わか》りはしますまいけれど、なんぞ、その、学問のことでしょうね?」
「そう、法律という学問の修行さ」
「学問をするなら、金沢なんぞより東京のほうがいいというじゃありませんか」
馭者は苦笑いして、
「そうとも」
「それじゃいっそ東京へお出でなさればいい
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