怪物なるべし。またこれ一種の魔性たる馭者だも驚きかつ慄けり。
 馭者は美人の意《こころ》をその面《おもて》に読まんとしたりしが、能《あた》わずしてついに呻《うめ》き出だせり。
「なんだって?」
 美人も希有《けう》なる面色《おももち》にて反問せり。
「なんだってとは?」
「どういうわけで」
「わけも何もありはしない、ただおまえさんに仕送りがしてみたいのさ」
「酔興な!」と馭者はその愚に唾《つば》するがごとく独語《ひとりご》ちぬ。
「酔興さ。私も酔興だから、おまえさんも酔興に一番《ひとつ》私の志を受けてみる気はなしかい。ええ、金さん、どうだね」
 馭者はしきりに打ち案じて、とこうの分別に迷いぬ。
「そんなに慮《かんが》えることはないじゃないか」
「しかし、縁も由縁《ゆかり》もないものに……」
「縁というものも始めは他人どうし。ここでおまえさんが私の志を受けてくだされば、それがつまり縁になるんだろうじゃありませんかね」
「恩を受ければ報《かえ》さんければならぬ義務がある。その責任が重いから……」
「それで断わるとお言いのかい。なんだねえ、報恩《おんがえし》ができるの、できないのと、そんなこ
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