三

 這奴《しゃつ》、窓硝子《まどがらす》の小春日《こはるび》の日向《ひなた》にしろじろと、光沢《つや》を漾《ただよ》わして、怪しく光って、ト構えた体《てい》が、何事をか企謀《たくら》んでいそうで、その企謀《たくらみ》の整うと同時に、驚破《すわ》事を、仕出来《しでか》しそうでならなかったのである。
 持主の旅客は、ただ黙々として、俯向《うつむ》いて、街樹《なみき》に染めた錦葉《もみじ》も見ず、時々、額を敲《たた》くかと思うと、両手で熟《じっ》と頸窪《ぼんのくぼ》を圧《おさ》える。やがて、中折帽《なかおれぼう》を取って、ごしゃごしゃと、やや伸びた頭髪《かみのけ》を引掻《ひっか》く。巻莨《まきたばこ》に点じて三分の一を吸うと、半《なかば》三分の一を瞑目《めいもく》して黙想して過して、はっと心着いたように、火先を斜《ななめ》に目の前へ、ト翳《かざ》しながら、熟《じっ》と灰になるまで凝視《みつ》めて、慌てて、ふッふッと吹落して、後《あと》を詰らなそうにポタリと棄《す》てる……すぐその額を敲く。続いて頸窪を両手で圧える。それを繰返すばかりであるから、これが企謀《たくら》んだ
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